
美しくデコレーションされたクリスマスツリーが街の至るところで見られる季節となった。今年は景気の影響もあってか、いつもの年より少し早いような気さえする。パティスリーの数も年々増えてきたが、クリスマスケーキも有名パティシエの手になるものは、それぞれ個性溢れるケーキとして私達の目を楽しませてくれる。テレビや雑誌で、報道されるものは、驚くばかりの凝ったデザインのケーキばかり。ケーキはもはや食べるものでもあるが、ファッションのように、口にする前からわくわく感を抱かせるものへとその役割を拡大していることが実感できる。人の味覚と視覚、そして口にした時の何ともいえないふわふわ感の触覚まで総動員する、じつに素敵なコミュニケーションツールなのだ。
ケーキのルーツであるヨーロッパでは、食文化のなかに数え切れないほどの発見がある。毎日何気なく使っているフォークとナイフ。
元々、ヨーロッパの食文化にはフォークは存在していなかった。王侯貴族と呼ばれた人たちでさえ、その昔、ローストした肉やゆで野菜を手づかみで食べていたのである。今のようなナイフではないが、大きな肉を切り分けるものはあったようだ。それは、「神の恵みに触れることができるのは、神が創造した人間の手でしかない」という宗教関係者の大きな反発があったからといわれている。イタリアに大きく遅れをとっていたフランスの王室にフォークとナイフが本格的に登場したのは、なんと16世紀になってからだ。アンリ2世に嫁いだ、かのカトリーヌ・ド・メディチが嫁入り道具としてフランスに持ち込み、その後美しくしかもツールとしての機能を整え、日常で使う道具としての素地をつくった。
ナイフとフォークの素材も大切。銀製が多いのは、その昔、部屋の照明はローソクの明かりだけという世界を想像してほしい。シャンデリアも現代と違い、当然ローソクを用いていた。食卓は当たり前のように暗く、その乏しい明かりを跳ね返す銀やクリスタルグラス の役割がいかに大きかったかはいうまでもないだろう。まさに、食べる、飲むという機能以上に会話を弾ませ、食卓を豊にする、かけがえの無いコミュニケーションツールであった。ヨーロッパの人々が今でも、カトラリーといってこれらのツールを大切にするのは、そのような先祖から受け継ぐ伝統に支えられている。フランスなどでは、簡単な夕食でも、必ずこれらのツールをきちんと食卓に用意する若者も多い。
同様に、テーブルクロスもナプキンも、さらには正式な晩餐の席で男女が交互に座る習慣にも、必ず理由がある。形式だけでなく、必要とされる意味がある。そしてそこには決まって、歴史と文化を反映するコミュニケーションが存在する。
テーブルマナーというと、ちょっと億劫に感じる方も少なくないだろう。面倒くさいと感じる方も多いかもしれない。ハンバーガーも気軽で美味しい。しかし、ナイフやフォークなど、一つ一つに意味があるのだと思うと、テーブルマナーも身近なものに思え、なるほどと、ぐっと気軽なものに感じられる。形ではなく、どのように素敵にコミュニケーションをするかということが原点だから。
日本だって、ヨーロッパには負けていない。「箸」を思い浮かべてほしい。日本では早くも弥生時代末期に、「折箸」という一本の竹を折り曲げたものが神器として使われていたようだ。さらに7世紀には、一般の人も箸を使うようになったという。最初に箸を使ったのは、聖徳太子とも小野妹子ともいわれているが、いずれにしろ日本人が手づかみから卒業したのは、ヨーロッパより遥かに早いことは確かである。フレンチのテーブルマナーに悩まされることもある日本人であるが、なかなか素敵ではないか。
ただし、世界広しといえども、食器を持ち上げて食べる習慣は日本だけであるから、コミュニケーション美人には是非その国の食習慣を守って、颯爽としかも食事中の会話も楽しんでいただきたい。
芳賀 日登美
社会言語学修士、国際コミュニケーション修士。
2008、2009年筑波大学大学院システム情報工学研究科(MBA・MPPコース)非常勤講師。
リーダーシップ担当。